俳優の故郷、それは舞台
 第1期の最終回ということもあって、今回は超激辛だ。覚悟して読んでもらいたい。

 声優を夢見ていただけの人が養成所に入ると、舞台をやらされて驚くことが多い。
 「声優=アニメだから、舞台は関係ない。私は舞台俳優になりたいわけじゃない。顔には自信がないから声だけ出演できればいいの」なんて間抜けなことを思っているようなら、即刻、声優の道を諦めてほしい。
 そんな意識では、踏み潰され消える志望者のひとりでしかないし、養成所の運営経費分担者「ケーヒくん」にしかなれない。真面目に俳優修業をする仲間たちから見れば、ただの邪魔者でしかないのだ。

 それでもまだ、舞台をやらせてくれる養成所に君が通っているのであればいい。
 舞台とは縁遠いまま、アフレコごっこをやり続けて3年〜5年と貴重な人生を浪費してしまった志望者の、なんと不幸なことか。

 「役者と観客」がいない限りは演劇にはならないのだ。たとえ、どんな小さな所内発表会でもいい。「観客の前で演ずる」ということを知らぬままにデビューしても、それは俳優ではなくタレントでしかないのだ。
 声優とは、プロ俳優のマスコミ仕事の分類のひとつだ。俳優なのに舞台に立ったことがないなど、そんな馬鹿なことはあってはならない。
 声優養成所、声優学校の看板を出しながら舞台実習がないところとは、私に言わせれば「声のタレント」の養成所であり学校でしかない。声優を育てるところではない。
 ましてや、声優を目指して何年も勉強しているくせに舞台をやったことないなんてのは、目指しているつもりになっているだけの「夢見る夢子ちゃん」だ。

 舞台とは、全ての俳優の故郷なのだ。
 俳優の根源は、全て舞台にある。
 30分や60分のアニメや外画をアフレコ/アテレコしているだけでは、俳優としての根源など掴めるわけがない。
 90分、120分の長篇戯曲をきちんと解釈して、全身を使って表現する。それが舞台だ。

 舞台で通用する発声をもっていない俳優など、俳優とは呼べない。
 どんなにデジタル技術が発達しても、舞台をできる俳優と、そうでない俳優とは、スタジオにおける収録で「声の厚み」「声の通り」が全く違う。
 鼻にかけたキャンキャン声で「私ってアニメ向き」などとのたまう馬鹿娘など、舞台では、観客の半分にも台詞が通らないし、発声そのものが10分ともたない。

 舞台で通用する演技ができない俳優など、俳優とは呼べない。
 演劇とは、役者と観客だけでも成立するものなのだ。最初から、演出や編集や効果に助けてもらうことを考えている怠け者など俳優であろうはずがない。
 俳優とは、肉体ひとつもってして、観客を説得できる能力を持っていてしかるべきなのだ。
 声だけで芝居したつもりの「カラオケ演技」なんてものが、舞台で通用するわけなどないのである。全身全霊をかけての表現しか、舞台では通用しないのだ。

 役の本質的な理解がない限り、舞台では役を掴むことはおろか、かすりさえもしない。
 舞台には、キャラクターシートなんてものはない。絵を見て「ああ、これは内気なメガネっ子ね」などとやる浅はかなキャラクターづくりなど一切通用しないのが舞台なのである。
 台本を読んで、読んで、読み込み抜いた上で、そのキャラクターを示すポイントを掴むこと。掴んだ上で、きちんと表現すること。それが舞台なのだ。
 「このタイプのキャラクターはこんな感じぃ」なんていうお気楽お手軽な捉え方で、人間を表現できるわけなどないのである。

 が、もっとまずいのは、中途半端に舞台だけやって、自分は芝居ができると思い込む勘違いだ。
 養成所の中には、発声も滑舌もすっとばして、1年目の最初から舞台実習に入るところもある。
 発声と滑舌の重要性とは、舞台もマスコミ仕事も同等なのだ。
 「気持ちの芝居」だの「ソウルフルな芝居」だのと熱っぽく語っても、何を言っているかもわからないような発声と滑舌では、舞台もマスコミ仕事も通用しないのである。
 だから、そういう養成所は、なかなか声優を生み出せないのだ。

 なによりも、こういった中途半端な輩にこそ、私は本当に腹が立つ。
 舞台をなめるな!
 舞台の快感に惑わされ、青春の思い出づくりなどというレベルで、舞台には近付くんじゃない。
 発声と滑舌から逃げ回った末が舞台だなんてこと、絶対にあってはならないのである。
 プロ俳優を目指す者たちにとっての舞台とは、負け犬たちの避難場所ではないのだ。
 文字どおり、真剣勝負の舞台なのだ。


 なぜ、舞台なのかということを、きちんと自分の頭で考え抜いてほしい。
 舞台に立つ前に、備えるべきものがある。
 舞台に立つことによって、育まれるものがある。
 舞台に立ったことがなければ、身につけられぬものがある。

 それらを自分で探し出せ。
 これは指導者の口から、いちいち説明するようなものではない。
 人間の役者である君たち自身が、自分の頭脳とハートと肉体からつかみとらねばいけないことなのである。

 舞台とは、全ての俳優の故郷である。
 この言葉の意味を、一生かけてでも考え抜いてほしい。
 もし、君が売れっ子になり、忙しくなり過ぎて自分がなにをやっているのかわからなくなった時、君の魂を一個の純粋な俳優へと戻してくれるのは舞台なのだ。
 もし、君がいつまでたっても芽が出ず、なんのために俳優をやっているのかがわからなくなった時、君の精神をリフレッシュしてくれるのは舞台なのだ。


 全ては舞台に始まり、舞台に終わる。
 これこそが俳優という生き方なのだ。
 プロ俳優のマスコミ仕事である声優も、例外ではない。




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