ナレーションもできる声優を目指せ
 現在、声優として活躍している人であっても、ナレーションの仕事をしている人は一部に限られている。
 また、ナレーションの仕事であっても、キャラクター・ナレーションであることがほとんどだ。ストレート・ナレーションをやっている人はごくごく一部である。
 アニメのアフレコに比べれば、ナレーションは儲かる仕事だ。VPのナレーションはアニメアフレコの4〜10倍のギャラはざらだし、TVーCMのナレーションは、新人であっても数十万円のギャラを貰えることもある。

 なのに、なぜ、ナレーションをやる声優が少ないのか?
 中には「私は役者だから、ストレートナレーションをやるつもりはない」という主義の人もいる。また、所属プロダクションの営業力の問題でナレーションの仕事をとってきてもらえないという事情もあるだろう。
 が、実際に多いのは「ストレートナレーションができないから、ナレーションの仕事がこない」という声優が大部分なのである。

 演技の基本は、解釈力とハートと技術だ。解釈に応じてハートを醸し出し、それを表現として示すために技術が必要となる。
 私に言わせれば「演技は下手でも、ナレーションはできる」ことはあっても、「演技はできるが、ナレーションはできない」というのはおかしいのだ。
 これを読んでムッとしたナレーターやアナウンサーがいるかもしれない。
 だが、俳優だからといって、ナレーターやアナウンサーに劣る滑舌であっていいわけはない。ましてや発声でいえばナレーターやアナウンサーに我らが俳優が負けてはならないのである。
 生まれついての美声ではなく、鍛えに鍛え抜かれた声をもつ俳優だからこそ、表現できる世界は無限なのだ。
 つまり、真の実力を持った声優であれば、ナレーションはできて当たり前なのである。

 逆に言えば、ポリシーからナレーションをしないというならばともかく、実力不足でナレーションをできない声優などというのは、俳優の面汚しでしかない。
 特に、最近のナレーターやアナウンサーの滑舌は、私が直接指導している生徒よりも酷いのだから、どんどん仕事を奪い取ってやればいい。
 今の時代の局アナの滑舌レベルなんてものは、真剣な俳優修業の姿勢でやれば1年で追いつける。局のアナウンサー教育なんてものは、しょせんは社内教育の域を出ていない。ましてや、大学のアナ研なんてマスコミ研究会と五十歩百歩、コンパとナンパに浮かれているアホ学生の成れの果てに、人生をかけて俳優修業に勤しむ君たちが負けるわけなどないのだ。
 いや、負けてはならない!
 もし、サラリーマンやアホ学生に負けるようなら、即刻、その場で俳優の二文字を捨て去れ。たとえ、志望者であろうが、若手であろうが、俳優の名を穢すことは、けして許されない所業であると肝に命じよ。

 私はここで「23歳以上であっても抜け道はある」と書いた。この抜け道こそがナレーションのできる声優なのだ。
 26歳を過ぎてから、声優としてプロダクションに正式所属するのは至難の道である。可能性ゼロとはいわないが、奇跡に近い確率といっても過言ではないだろう。
 だが、ナレーターとしての採用なら、26歳以上であってもありうるのだ。
 つまり、現時点で23歳以上の君は、俳優修業の他に、ナレーターをできるだけの実力を備えればいいのである。

 言っておくが、辛い道だよ。
 実力あるナレーター、アナウンサーは、本当に凄い。たった5分間のナレーションの中に、数十もの「入り・仕舞・間・転調」のテクニックをちりばめている。
 それらのテクニックを全て盗め。
 そして、それらテクニックを活用できるだけの解釈力を身につけねばならない。
 地味で繊細な修業であるが、もし、本当に君が真剣だというのなら、やってみる価値は大いにある。

 一般的なナレーターは声優を格下に見ている。自分たちの方が社会的認知は高い、と。確かに局アナ出身のナレーターは、ほとんどが有名大卒のエリートだ。
 声優には、高卒も三流大卒も関係ない。高慢ちきなエリートたちから、仕事を実力で奪い取ってやればいいだけのことだ。
 これも、河原乞食を祖とする俳優の“美学”のひとつなのである。



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