![]() 解釈力とはなにか? |
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私がちょっとだけ教えた生徒に、こういう女の子がいた。 彼女はひじょうにカンが優れていた。演出の注文を的確にこなす。同期の中でも、自他共に認めるトップクラスの性能の持ち主であった。当然のことながら、この子はどの講師にも可愛がられた。私も、持ち前の資質については認めていた。 が、彼女は勝田卒業後にドコへも行く場所がなかったのである。結果として彼女は、養成所浪人となって現在に至る。 その原因はなにか? 運が悪かったのか? いや、違う。彼女には根本的な欠陥があったのだ。 彼女の芝居には、根拠がなかったのである。つまり、演出の指示をこなす能力は優れていたが、戯曲を自分で解釈して芝居をするということが一切できなかったのだ。私はこのことを、彼女と顔をあわせる度に忠告していたのだが、彼女には通じないままだったようである。彼女がこの先、どこかのプロダクションに潜り込めたとして、瞬間的な人気を得ることはあっても、この弱点によって大成はありえないであろう。少なくとも、一生を現役女優として過ごすことは不可能だ。 役者は演出の注文さえこなせばイイと思い込むのは、おおいなる勘違いだ。役者は、自分の中から何かを生み出してこそ、役者たりえる。 これを私は「人間の役者たれ」と教えている。 なぜ、わざわざ“人間の”と注釈をつけなければいけないのか? 理由は簡単だ。言われたことをこなすだけなら、それは日光猿軍団の猿と変わらない。ディズニーランドにあるコンピュータ仕掛けのロボットと同じだ。 役者は人間であるからこそ、自分の中から“なにか”を生み出すことができるのである。 そして、自分の中から何かを生み出せる役者と仕事をするからこそ演出は、猿回しでもなければプログラマーでもなく演出たりうるのだ。 この“なにか”を生み出す原点とはなにか? これこそが解釈力というものである。 講師として私が教える第一歩はいつも同じだ。 「演技表現=技術×解釈力」 「演技とは、解釈に応じて、基礎を組み合わせ、かけ合わせるだけでいい」 この解釈力があるからこそ、役者はホンという文字の集合体から生きた演技を育むことができるのである。 いま現在、養成所に通っている諸君の中には、この解釈力で悩んでいる人も多いであろう。ここでは、私が編み出した解釈術の基礎中の基礎を簡単に説明する。 まず最初は、ストーリーラインを掴むことである。ストーリーを掴むとは、そのホン全体の構成を理解することに他ならない。序破急か、起承転結かぐらいは、ここで読み解いておく。 次に、キャラクターを掴む。ここで注意すべきはイメージやムードだけで、キャラを決めつけないことである。あくまでも台詞やト書きの中から、そのキャラクターを示すポイントを探すのだ。 次に、ドラマティックスのポイントを探す。ドラマとは「劇的」という意味だ。つまり、観客の心を震わす変化の瞬間を意識しなければならない。 最後に、作品のテーマを考えに考え抜く。ここまでくれば、実は簡単である。ドラマの末にあるものがテーマだ。ストーリーを理解し、キャラを掴み、ドラマがどのように積み重なっていったかまでがわかれば、テーマはおのずと表面化する。それまでは100回でも200回でもホンを読み返せ。 いちばん大事なことは、全ての作品のテーマには、人間の真理が描かれていることを意識することだ。人類誕生以来、そして滅亡するまで存在しつづける「普遍的な矛盾と葛藤」こそがテーマになりうる。 全てはホンに書かれている。『戯曲には、何も足さず、何も引かず』、そして『作品の成立』を念頭において、何度も読み返しながら検証すればいいだけなのだ。 |