![]() 滑舌の重要性を正しく認識せよ |
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マスコミ仕事ができる役者の基本は「何を言っているかが正しく聞き取れる」ということだ。特に、声優ビジネスを志すのであれば、この点は大事なポイントである。 が、ほとんどの役者志望者は、ここらへんを勘違いしていることが多い。養成所に通っていても、その大半は滑舌の重要性を正しく認識しないで「俺は気持ちの芝居をやりたい」だの「ソウルフルな芝居に滑舌は関係ない」などとのたまうものだ。たかだか3年や5年芝居をやっただけの素人のくせして、そんな思い違いに囚われてる輩は、絶対にプロにはなれない。さっさと諦めてしまったほうがいい。 演技とは「演ずる…役割を果たす×技…技能、技芸、テクニック」である。 では、この場合の“役割”とはなんであろうか? その役割とは、全てホンに書かれている。 前衛や実験でないかぎり、役者はホンに従って、自分の積み重ねてきたテクニックを披露する。それこそがプロ役者に求められる演技なのだ。 では、そのホンはどんなものか? ほとんどの場合、ホンは“台詞”と“ト書き”によって表されている。 役者はホンに書かれた台詞とト書きを演ずることによって、ストーリーを示し、ストーリーはキャラクターとドラマを示し、キャラクターとドラマによって作品のテーマが示される。 これを逆算しよう。 作品のテーマは、キャラクターとドラマによって示されるものであり、 キャラクターとドラマは、ストーリーによって示されるものであり、 ストーリーとは、台詞とト書きによって示される。 つまり、台詞を満足に喋れない=日本語を正しく話すことができない=滑舌が悪い役者では、テーマはおろか、ドラマやキャラも示すことができず、ストーリーさえ観客に伝えられないのである。 ここまでで、ある程度の知性の持ち主であれば、滑舌をおろそかにすることの不毛さが容易に理解できるであろう。これでもわからないのであれば、マスコミ仕事の役者などはさっさと諦めた方がいい。 (これだけ単純な論理を受け入れられぬ低い知性や、自分のやってきたことを翻せない頑固さでは、どんなに素晴らしい指導者に何年ついたって無意味だ) 役者とは、作品成立のためのスタッフのひとりなのである。作品の成立とはすなわち、観客に作品のテーマを示すことにあるのだ。テーマを確立させられない役者が、どんなに汗をかきかき一所懸命にやっていたって、ただの自己満足に過ぎないのである。 優秀な滑舌とは、役者という“楽器”が備えるべき基本性能のひとつでしかないのだ。 |