序章:スタニスラフスキーを研究する意義

 

 一度聞いたら、二度と忘れられない名前、スタニスラフスキー。そして、その名を冠したスタニスラフスキー・システム。
 演技、演出に関わる業界人で、このややこしい名前を聞いたことがない人などいないだろう。
 が、今の時代はスタニスラフスキー・システムを理解し、実践しようとする業界関係者があまりにも少ない。
 役者や演出なのにスタニスラフスキー・システムを学ばぬ理由を聞くと、返ってくる答は次のふたつのうち、どれかだ。

「スタニスラフスキー・システムはもう古いor実践的ではない」
「『俳優修行』は読みにくい or 読んだけどわからない or 持っているけど途中で挫折した」

 スタニスラフスキーを古いというのなら、なにをもってして新しいというのか。その新しい理論には、スタニスラフスキーに触発された部分が絶対にないのか?
 そんなことはないはずだ。20世紀に生まれた演劇論、演出論、演技論、俳優教育論は、多かれ少なかれ、スタニスラフスキーの影響を受けている。それが“論”と呼べるだけの論理的思考が基となっているのであれば、だが。
 スタニスラフスキーの否定から始まる演劇論というものもあるが、それすらもスタニスラフスキーの研究から生まれたものにすぎない。スタニスラフスキーを正しく理解した上でなら、その否定論もより立体的に理解できるようになるのではないか?
 スタニスラフスキーを否定するのは、スタニスラフスキーを知ってからでも、けっして遅くはない。スタニスラフスキー・システムを理解した後であれば、否定をするも、肯定をするも本人の自由である。
 しかし、自分がわからなかったからといって、安易にスタニスラフスキー否定に走ることだけは厳に慎んでもらいたいと願う。

 『俳優修行』の山田 肇先生の訳は、名訳である。
 が、さすがに時代の流れには勝てない。あの文章を今の十代、二十代の人たちにスラスラと読め、というのは酷であろう。
 文体や構成、旧漢字に挫けてしまったというのであれば、このHPをサブ・テキストとして読んで再挑戦してみてほしい。

 演技表現に関わる私たちは、スタニスラフスキーがシステムを確立しようとするまで、演技表現の世界では論理的な思考がとまっていた歴史的事実をまず知るべきだ。
 演劇論は、紀元前の古代ギリシャ時代にまで遡る学問である。哲学者たちは、ギリシャ悲劇からドラマツルギーを研究した。しかし、この時代は、作劇術についての研究は進んだが、演技、とりわけ役者の教育についてまでは研究が進まなかった。
 14世紀には日本の世阿弥が『風姿花伝(花伝書)』を著しているが、あくまでも「一子相伝の芸能」に生きる子孫たちに向けたものであり、普通の人々を役者へ育て上げることが目的となったものではない。
 16世紀のシェイクスピアも、戯曲の随所に役者と演技に対する哲学を披露しているが、実践的な俳優教育とは程遠い。
 第二次大戦以降、メジャーな演技表現のほとんどは、スタニスラフスキーがまとめあげたシステムが基となっている。
 演技表現を、論理的かつ体系的にまとめあげたのは、スタニスラフスキーからなのである。

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