中野寛次先生のご冥福を祈念する
  Date: 2000-08-21 (Mon)

 8月14日。東北新社を代表する名監督・中野寛次先生がお亡くなりになった。
 中野先生には、当hpで『声優論』のネット公開許可をいただくなど、ひとかどならぬお世話になっている。

 真に尊敬すべき大先輩を失い、私はひじょうに悲しんでいる。

 ある教え子の話だ。
 彼女は、勝田声優学院16期で、中野ゼミに在籍していた。卒業後半年経ち、TVアニメのレギュラーになったという報告のため、中野先生に電話をした。
 中野先生はたいへん喜んでくださり、最後の最後にこうおっしゃってくれたそうだ。

「いい役者になりましょうね」

 なんと、含蓄のあるお言葉だろうか……
 この言葉を、彼女のものだけにしてはいけない。
 「いい役者になりましょうね」という言葉は、中野先生に一度でも師事したことがある役者全てに対するメッセージだ。

 中野先生に師事したことがある人たちは、中野先生から教わったことを継承していってほしい。
 そして、いつの日か、後輩へ、弟子へと伝えてほしい。
 演劇の歴史3000年とは、そうやって継承し続けられたものであり、次世代において発展し続けていくものである。

 偉大なる演出家であり、偉大なる指導者であり、素晴らしい演劇人であった中野寛次先生のご冥福を心より祈る……

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■先日、「大ベテラン声優T・Hさんが亡くなったという噂がネットに飛び交っているけど……」というメールを知人よりもらった。
 私が断言する。そのような事実は一切ない。無責任な噂が飛び交うネットだが、人の生命についての流言飛語だけは勘弁して欲しい。

失敗はステップだ
  Date: 2000-07-17 (Mon)

 バンタン電脳声優科を勝田生が見学すると驚く。「安達さんの雰囲気が違う」と。
 逆に、バンタン生が、勝田生に対する私の接し方を見ると驚く。「安達先生の恐い一面を見た」と。

 バンタン電脳声優科における私の立場は主任講師ともいうべきもので、カリキュラムのプロデュースからやっている。そして、1年にわたって、私がズッと教える。発声・滑舌・身体訓練については、信頼できる講師に任せているから、私は演技の講議だけに集中できる。しかも、少人数だから、生徒各人のパーソナリティが把握しやすい。
 また、バンタンの教室は、そのあとが空いているから、1時間や2時間の延長ができる。だから、休憩をはさんで気分転換しながら、じっくりと教えられるのである。
 総合的に見て、バンタンで教えている時の私は、精神的に余裕があるのだ。

 勝田における私の立場は、講師のうちのひとりでしかない。Young! Young!は選抜チームだから、厳しいのが当たり前。
 安達ジムは半年しかない。基礎科で教える時は、数週間しかない。だから、焦る。あれも教えなくちゃ、これも教えなくちゃ、と。150分にわたる講義中に休憩なんてとったことは一度としてない。それどころか、授業前の発声練習から付き合うようにしているし、終了時間がきても、1分1秒でも、可能なかぎり延長する。
 とにもかくにも時間がないのだ。教えたいことは山ほどあるというのに。だから、生徒がチャッチャッとやっていないと、つい、大声で叱りつける。ましてや、準備や練習をしていないと、巻舌で怒鳴り付けてしまうのだ。
(それにしても、三十路を過ぎてるのに、巻舌で怒鳴りつけるのはやめるように努力せねば……)

 ただ、バンタン電脳声優科でも勝田でも、共通している方針がある。
 それは「失敗を恐れるな」ということだ。

 私は、練習不足や準備不足による失敗は容赦しない。それは講議の進行を遅らせ、周囲に迷惑をかける行為でもあるからだ。生徒に、講議を受ける権利はあっても、講議を邪魔する権利はない。
 しかし、チャレンジの末の失敗なら、笑っている。未熟であろうがなんだろうが、その意気を尊ぶ。そして、意図を汲んで、成功するためにはどうすれば良かったかを指導する。

 なぜ、人は失敗を恐れるか?
 それは失敗をステップと思えないからだ。
 失敗をステップと思えるようになったなら、失敗することは恐くなくなる。

 クリエイターには、失敗が必要だというのが、私の考えだ。
 そして、失敗には、経験すべき時期というものもある。
 養成所や学校というのは、そういう意味でいえば、失敗をしまくっても良い時期であり、失敗を経験するためにある時期なのだ。
 修業中の俳優は、失敗を怖れてはならない。
 全身をつかって、全力で表現すること。これこそが、養成期間中である諸君には大事なことなのである。
 失敗こそが成長を誘引するということを忘れないでほしい。
 失敗するとは、すなわち己の未熟を思い知ることなのだ。失敗しなければ露呈しない未熟というのがある。つまり、失敗したからこそ、自分の至らぬ面を自覚できるのだ。

 そして、志が高いものであればあるほどに、盛大な失敗をやらかす。
 志が低いものは、中途半端でムニャムニャした失敗しか冒さない。だから、失敗に痛い思いをせず、その後の訓練や稽古に身が入らないのである。
 だが、志が高いものは、盛大な失敗をして、トコトン自分の能力の低さを思い知らされる。それで良いのだ。
 なぜ、諸君らは、辛く苦しい身体訓練を続けるのか? なぜ、諸君らは、維持のためだけでも1日2時間、年間730時間もの訓練を続けるのか?
 それらは「声優になりたい」という目標に向かってのものだけではないのである。
 真に大事なことは、自分がイメージする表現を可能とするための努力であると意識することなのだ。
 俳優が、なぜ、生涯を演技表現にかけられるか?
 それは、自分のイメージしたとおりの演技表現を実現させるためなのである。
 自分のイメージする演技表現に1センチでも1ミリでも近付くためには、数多くの失敗を経て、自分の未熟を思い知るしかないのである。
 だからこそ、高い志=レベルの高い演技表現の目標をもってほしい。
 その高い志に起因する盛大な失敗を何度も経験してほしい。

 私は、バンタン生・勝田生を含めた全ての俳優志望者に、役者としての“恥”を知ってもらいたい。
 誇りなきところに、恥は生まれない。
 そして、誇りとは、積み上げてきた修業が育むものだ。
 バンタン生も勝田生も、役者と名乗るのは、まだまだ、おこがましい。誇りをもつほどの修業など微塵も積み上げていない。
 今は失敗を繰り返して、自分の“身の程”を知るのが精一杯であり、今はそれをすべき時なのである。

 先日、劇団ムーンライトの稽古場へ行って、押しかけ講師をしてきた。
 発声とは立ち方から始まる。立ち方すらできなければ、腹式呼吸の訓練ひとつままならない。
 ムーンライトのハヤト君は、勝田14期卒業生。芝居を始めて5年、ムーンライトの本公演にも何回か出ているぐらいだから、さすがに短い指導の中でもポンポンポンと進歩した。
 しかし、それは才能ではないのである。
 ハヤト君に「発声がウィークポイントになっている」という自覚があるからこそ生まれる取り組み姿勢が、たった数時間の指導でも成長させたのである。

 さあ、みんな。今週からの講議は、志を高くもった上で、盛大に失敗をしようではないか。

 失敗を恐れるな!
 失敗はステップだ!

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☆明日のバンタンは、解釈術講議か。うむうむ。楽しみ、楽しみ♪

身体訓練チェック
  Date: 2000-07-13 (Thu)

 今日の安達ジムは、身体訓練チェック・デーである。授業開始30分前には全員集合し、ストレッチをかましていた。
 今日のメニューは、上部腹筋×35回、下部腹筋×35回、腕立てふせ×20回、スパイラル背筋×70回、ハーフ・スクワット×35回…以上を1タームとし、男子の目標は4ターム、女子の目標は3ターム。
 前回よりも1タームあたりの回数を増やして負荷を高め、男女一斉にやってみたところ…… 故障持ちや体調が悪い者以外は、ほぼ全員が前回の自己記録を大幅に更新した。
 なによりも驚いたのは、4ターム最後までやりぬいた7人のうち、4人が女子ということである。
 そして、立位前屈チェック。
 前回、立位前屈で+20センチを超えていた者は、計5人に満たなかった。うち1人は-2センチ。
 今回、マイナスは1人もおらず、全員が+10センチをオーバー。半数以上が+20センチをオーバーし、+25センチをオーバーしたのは5人以上になった。うち1人は+30センチをオーバーした測定外である。

     *     *     *     *

 今回の4タームは、2時間ぶっ続けで身体を動かしている。みんな、汗でドロドロだった。
 今回は、ゲストとして男子が1人参加していたのだが、ちょうど2タームで潰れた。その目の前で、見るからに小さな女子生徒や、ひよわそうに見える女子高校生が、黙々とこなし続けていく。
 この図、ゲストにしてみれば屈辱以外のナニモノでもないが、女子生徒の立場だと超カッチョイイ。
 前回に比べると、全員のフォームがひじょうに良くなっていたし、楽な角度に逃げようとせず、しっかりと辛いところでやっていた。
 みんな、1ヶ月半の間、自宅でやり続けていたということが、しっかりと証明されていたぞ。よしよし!

 身体訓練は、やり続ければ必ず伸びる。が、続けない限りは絶対に伸びない。「流した汗はウソをつかない」の典型である。
 役者特有の「腹式呼吸をフルに使った発声法」は、この身体訓練から逃げている限り、絶対にできるようにはならない。
 発声とは、生まれついての大声なんてレベルの問題ではない。日々の鍛練によって全身筋力をバランス良く向上させた上で、筋肉の使い方を身体で知らねばならない。
 身体訓練をやり続けていると、ある日、突然、声がバン!と前に出るようになる。腹式呼吸=横隔膜運動をサポートする周辺筋肉が鍛えられたおかげで、呼気の吸入量、排出量が一気に増えるのを実感できるのだ。
 すると、発声が楽しくて楽しくて仕方がなくなるんだよね。今まで出なかった音が腹式呼吸によって出るようになる快感。今まで引っくり返ったり、ひしゃげてしまっていた音がキチンと出ることの快感。これは一度でも自分の身体で味わってみた者でなければわからない。
 ただ、この領域に至るまでは時間がかかる。早い人でも半年近くはかかるし、遅い人は1年以上かかる。とにかく、その日を迎えるまでは、毎日の身体訓練をやり続けるしかないのだ。
 そして、念願のその日が来たなら、まだまだ身体の鍛練が足りないことも同時に思い知る。もっと筋力があれば、より良い発声ができることに身体で気付くわけだ。
 そして、発声を向上させたい、せめて維持したいと願うなら、毎日の身体訓練からは永遠に逃れられなくなるのである。

     *     *     *     *

 香港映画の佳作に『七小福』という作品がある。サモ・ハン・キンポー、ジャッキー・チェン、ユン・ピョウら、香港映画のビッグスターたちを育てた中国京劇学校を舞台にした映画だ。
 サモ・ハン演ずるユウ先生は京劇の指導者として、ひたすら厳しい訓練を幼いジャッキーらに課す。3時間でも5時間でも柔軟をやらせ、舞台の出来が悪いと夕飯を抜く。
 が、時代の波は、京劇を過去のものとしようとしていた。ことあるごとに、ユウ先生とその幼い弟子たちは「京劇なんて古い!」とバカにされる。
 ある時、幼い弟子たちは、いつも、自分たちをバカにしていた街の子どもたちと大喧嘩。苦情を言いに来た近所の親と言い合いになるユウ先生。いつも、弟子たちを厳しく叱っていたユウ先生は、顔を真っ赤にして近所の親を怒鳴りつける。
「うちの子たちは、みんな、良い子だ!」
 そして、ユウ先生は、弟子たちをも怒鳴る。
「バカにされても、胸を張れ!」と。
 ラスト。学校の建物が取り壊されることとなり、中国京劇学校は閉鎖。ユウ先生はアメリカへ移住。青年へと成長したジャッキーらは、スタントマンとして撮影所に引き取られる。アメリカに向かう貨物船の船上、ユウ先生は弟子たちに最後の教えを叫ぶ。
「撮影所では、行儀よくしろよ!」「カットの声が聞こえるまで演技をやめるな!」
 そして……
「馬鹿にされても、胸を張れ!」

 私はユウ先生ほどの偉大な指導者ではない。が、私は、ジムのみんなが汗みどろになって身体訓練をこなしている最中、一瞬だけ、なんとも言えぬ不安に襲われていた。
 私も生徒たちに、半端じゃなくキツい身体訓練をやらせている。このレベルの身体訓練ともなると、歴史ある大劇団の研究生であってもついてこられない。
 求める発声のレベルも高いし、滑舌のレベルに至っては現在のマスコミ仕事の平均より遥かに上を求めている。
 ふと、オーバークオリティ(過剰品質)なのかな、という気もするのだ。

 ああ、良い作品を書かなくちゃなあ。
 一生、努力を続けるプロ俳優が、出演したことに誇りをもてるような作品をさ。

 そう思って、汗みどろのあいつらに負けぬ日々の努力を胸に誓った私なのであった。

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☆じゃによって、私は作品に仕えることのできぬ愚かなクリエイターもどきを唾棄するのであった。

それでも地球は回っている
  Date: 2000-07-11 (Tue)

 アイドル声優ブームというのは、一体、いつ頃から始まったのだろうか。
 インターネットが一般化してきた1995年には、もう、始まっていたなあ。1990年頃のアニメ雑誌では、まだ、声優のグラビアはそんなにページを占めてはいない。すると、1992年から1993年ぐらいにかけてかな。
 なぜ、突然、こんなことを言い出すかといえば、滑舌・発声の酷い新人や若手の声優だけではなく、耳の悪い若い業界人が増えてきたように思えてならないからだ。

 10年弱続いたアイドル声優ブームは、プロダクションを変質させ、声優志望者を変質させ、制作者まで変質させてしまった。
 声優=俳優という大原則が崩され、継承されるべき伝統や技能が失われた。

 先日、ある有名プロダクションの附属養成所で、こんなことがあったそうだ。
 『絵姿女房』というテキストで朗読をしたのだが、鼻濁音を発音できたのはクラスの1割にも満たなかった。指導者は授業の最後に苦笑しながら鼻濁音を指摘したそうなのだが…… 生徒の8割以上がポカンとし、残りが「しまった!」という顔。
 その附属養成所の生徒の大半は、専門学校声優科の卒業生で占められている。俳優修業を始めて3年め、4年めだ。なのに、8割以上が鼻濁音の存在すら知らない。
 鼻濁音ができていると思っている志望者でも、助詞の「〜が」は鼻濁音化できても、単語中の「ぎ・ぐ・げ・ご」を鼻濁音化できない場合が多い。

 原因は、簡単だ。
 ほとんどの専門学校声優科では、鼻濁音をうるさく指導することはないからである。
 鼻濁音は、発音を教え、その用法を教えたならば、あとは本人によるところが大きい。
 日常会話から鼻濁音を意識すれば、数ヶ月から半年で身に付くものでしかない。が、その前段階として、鼻濁音ができていない場合は、指導者がうるさく指摘することが大事である。
 この指摘がなければ、教わったばかりの志望者は耳ができていないから、鼻濁音化しているかどうかの判断ができないのだ。
 残念ながら、鼻濁音をうるさく指導する講師は少数である。理由は簡単。鼻濁音は教えるのが面倒だし、いちいち指摘していたらキリがないように思えるし、それ以上に教務(事務所)から「甘くしてくれ(厳しくしないでくれ)」と言われていることが多いからだ。

 鼻濁音、無声音、アクセントを含めた滑舌は、地味でおもしろみのない訓練である。
 口や舌の動きだけではなく、耳もあわせて訓練しなければならない。毎日2時間やったとしても、効果が表れるのは数ヶ月先。ましてや、歯並びが悪かったりしたら、何年やったところでどうしようもない。
 また、志望者のほとんどは声優ファン。滑舌や演技力そっちのけのアイドル声優がマスコミに露出しているから、滑舌に対する意識が極めて低い。
 だから、ほとんどの志望者は、滑舌にすぐ嫌気をさしてしまう。滑舌をうるさく言われたなら、修業半ばで養成所や学校を辞めてしまいかねない。
 教務(事務所)にしてみると、生徒にホイホイと辞められては困る。専門学校が営利目的なのは当然のこと、養成所だって、いまやプロダクションの経営安定のためのビジネスだ。すると出てくるのが「甘くしてくれ。厳しくしないでくれ。生徒に辞められたら困る」。
 この時、いちばん最初に切られるのが滑舌である。指導するにしても、地味で手間がかかる。滑舌をやり続けるということは、生徒だけではなく、指導者にも大変なことなのだ。

 専門学校声優科で教える、ある中堅声優は「あえて言わないんだよ、滑舌は」とも言っていた。
 その人は、実力もあるし、仕事も数多くこなしている売れっ子だ。人格的にもひじょうに優しくて、生徒の面倒見がいい。
 だが、発声と滑舌だけは、最初にやり方を教えたなら、そのあとは生徒自身に任せ、チェックもなにもしない、と。
「真面目な生徒なら、うるさく言わなくてもやるからね、ちゃんと」
 また、こんな風にも言っていた。
「滑舌って、どれだけ本人が真剣に取り組んでいるかが、すぐにわかっちゃう。だから、やっているヤツ、やっていないヤツの差が歴然としてるよね。でも、それをわかってくれる人が、業界の中に少なくなっているのも問題なんだ」

 声優をタレント化、アイドル化しようというプロダクション・サイドの目論見は、私の知る限り、15年ほど前に遡る。その頃、創刊したばかりのアニメ雑誌に、新人声優が水着グラビアを載せたのを覚えている。
 その後、アニメ雑誌と連動した売り込みとCDデビューなどがミックスされ、アイドル声優を売り出そうとするプロダクションは2社、3社……と広がり、今やほとんどのプロダクションにアイドル声優またはアイドル声優候補の新人やジュニアがいる。
 私は、売り出し方としては、アイドルだろうがタレントだろうがかまわないと思っている。それは自由経済社会におけるプロダクションの経営戦略であり、当人のサバイバル戦術だからだ。アイドル声優と目されてはいるが、真面目に修業を続けている人もいるし、高い水準で演技を提供できる実力者も少数だが存在する。
 問題は、アイドル声優、またはアイドル声優候補の新人声優のほとんどが、発声や滑舌といった基礎中の基礎ができていないことにある。
 今、人気投票で上位にいるアイドル声優の中には、養成所に入所して半年でデビューした新人というのもいる。無論、発声も滑舌もグダグダだ。でも、事務所としては、早くデビューさせたい。トシを食ってしまい、アイドルやタレントとしての商品価値が落ちる前に……

 私の「声優の修業を始めるなら、23歳以前に」という見解に対して、異論・反論は多い。
 が、これはアイドル声優ブームがつくりだした、つまり、声優ファンがつくってしまった風潮が原因なのを忘れないで欲しい。
 ほとんどの大手プロダクションは26歳未満でないと、ジュニアとして残さなくなってしまっているのだ。
(24歳を過ぎると、身体訓練の成果が表れにくい=身体づくりが大変というのもある。が、これは本人の努力によっては、どうにかなる可能性もあるからね)

 アイドル声優ブームから、10年弱。
 制作サイドの耳も悪くなった。
 現在、20代後半から30代前半の業界人は、入社以来、アイドル声優ブームの真っ只中で仕事を続けたため、滑舌の善し悪しも、演技の善し悪しもわからなくなってしまっている。
 音響関係者だというのに「滑舌は二の次」というのまでいるのには呆れた。嗤ってしまうのは、そう言っている当の本人が、無声音もできなければ、アクセント間違えまくりということ。
 音響だからといって、滑舌訓練をする必要はないし、滑舌が良い必要はない。しかし、チェッカーとして、鼻濁音を聞き分けられない、アクセントを間違える、無声音ができないというのは、いかがなものだろうか?
 自分ができない、自分がわからないからといって、滑舌を軽視する音響がいるなど、15年前なら考えられなかったことだ。たとえ、新人であろうが、そんな社員がひとりでもいたなら、その音響制作会社のレベルを疑われたものである。音響は、まず、最初に耳の良さが問われるプロフェッショナルだからだ。
 が、現在は、こういう人間が、サラリーマン社会における年功序列の名のもと、音響監督として卓の前に座る可能性がある。実際問題として、キャスティングに影響を与えているのだ。
 これでは、新人声優のレベルが下がり続けるのは仕方がないことかもしれない。

 さて、ここまでで、真面目にやっている志望者にしてみると、暗澹たる思いとなることだろう。
 滑舌や発声が悪くてもプロダクションに残れる現実、現場の制作サイドまでもが狂い始めている現実……
 なんのために、真面目に修業しているのか、わけがわからなくなってしまうかもしれない。
 が、自棄になって、俳優の魂を捨てるのは待て。

 ブームには、必ず終わりが来る。
 そして、ブームには、必ず反動が来るものだ。

 アイドル声優という分野は残るだろう。ファンからの需要があるからね。しかし、アイドル声優ブームが終焉を迎えつつあるのは、まぎれもない事実である。
 それはアイドル声優ブームによって次々と創刊された声優雑誌の極端なまでの売り上げ減が示している。

 プロダクションにしてみれば、アイドル声優は売り上げ的においしい。しかし、アイドル声優だけを追いかけていたら、経営は安定せずバクチ的な事業展開しかできない。所属俳優の品揃えの中に、まともな声優がいなければ安定は難しいのである。
 また、マネージャーにも、真面目な人はいる。会社の方針に従いながらも、良心をもって実力ある新人を引き揚げようと頑張っているマネージャーも確実に存在しているのである。

 制作サイドにしてみても、現場で手間のかかるアイドル声優よりも、作品世界をいっしょになって構築していける声優がいたなら、そちらを重宝したい。
 が、そういう新人や若手が極めて少ない。だから、どうせ、同じようなレベルなら、話題づくりのためにアイドルや売れっ子をとりあえず使っているだけという人は沢山いる。

 いっしょに現場に立つベテラン声優にしてみても、まじめに修業している新人や若手は可愛いものだ。俳優としての良心から、そういう新人や若手を引き揚げようと、事務所やマネージャーに進言する人は少なくない。
 アイドル声優偏重で名高いプロダクションにも、そういったベテランや中堅はいて、その人の進言によってオーディションに行った新人も実在するのだ。

 最近、よく言われるところの「声優臭い不自然な芝居」とは、発声レンジが狭い未熟なアイドル声優が、解釈力なくソレッっぽい声をつくっていれば演技だと思いこんで、定着させてしまったものにすぎない。
 まじめに修業している俳優ならば、演技を拡大することも抑え込むことも自由自在なのである。
 もっと大事なことは、そう演技してもらうための演出力なのである。演技とは説得と納得の芸術であるということすらわからない、俳優の基礎能力すら判断できない演出だから、俳優からそういった芝居を引き出せないだけである。

 ブームには、必ず反動がある。
 今と同じ状態が、あと5年以上続くなんてことはありえない。
 なによりも、業界から、良心は消え去っていない。
 今までは、ブームの大波をかぶって、見えづらくなってしまっただけである。

 なによりも……
 志望者諸君、君たちはアイドルだのタレントになりたいのかな?
 声優とは、俳優である。
 演技とは、ホンと演出を経た末の、作品の最終出力なのだ。
 この大原則は、これから先、どんなブームが来ようが、けっして消えない。
 ただ、それだけのことである。

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☆はぁーあ。疲れるなあ、もう。

発声を鍛え上げるということ
  Date: 2000-07-10 (Mon)

 先日、「俳優の鍛えあげられた発声は全て美声である」という私の主張に異論のメールが来た。
 いわく「声質は生まれついての才能に属する。鍛えても声は美しくならない。かえって、つくった不自然な発声になる」と。
 私は現実空間で会ったことのある人以外とは個人的にメール交換するつもりはないので、ここで私の“鍛練説”をきちんと説明しておきたい。

 一口に“美声”というが、その正体はいくつかの条件が複合したものである。

 美声の第1条件『広い音域』。

 発声を訓練したことのない人の音域は、約1〜2オクターブといったところだ。平均して、1オクターブから1オクターブ半といったところだろう。けっこう声が出る人であっても、2オクターブ以上はかなり難しい。
 発声を論理的に訓練した場合、ほとんどの人が2〜3オクターブの音域となる。声楽の専門訓練を長期間にわたって受けた場合、4〜5オクターブに達することもある。
 ごく稀にマライア・キャリー(歌手)のような人もいて、6〜7オクターブを可能とするから驚く。

 歌唱発声の場合、この広げた音域をそのまま歌へとつなげられる。
 が、俳優の台詞発声においては、全音域のうち半オクターブが発音のために犠牲となる。
 なぜなら、日本語は高低アクセント言語なので、最高音から2〜3音下、最低音から2〜3音上でないと、普通に喋ることすら不可能になるのだ。
 つまり、4音から6音が、日本語のアクセントのためだけに使えなくなる。
 生まれついて2オクターブの音域をもっていたとしても、台詞につかえる発声自体は1オクターブあるかないか、だ。
 ましてや、発声が未熟で2オクターブに達していない場合は、台詞として使える発声は2音か4音しかなくなってしまうのである。
(だから、発声を訓練していない志望者は棒台詞になるだけでなく、芝居のコントラストが薄くなり、自分の意図した演技を表現できなくなるのである)

 骨格によって、発声不可能な音域があるのも確かだ。単純に言ってしまえば……
 骨格が大づくりな人間は低音が豊かだが、高音の頭打ちが早い。
 骨格が小づくりな人間は高音がよく出るが、低音の頭打ちが早い。
 しかし、これは日常会話発声のみの場合なのである。
 発声を訓練することによって、ベル・カント共鳴によって高音を補強することは可能だし、胸式共鳴によって低音を補強することも可能なのである。
 つまり、発声訓練によって、音域を広げることは十分に可能ということでしかない。

 美声の第2条件『響き』。

 一般的に、響きのある低音は“美しい”といわれる。人によっては低音しか美声と認めない人もいるぐらいである。
 が、低音にも種類がある。
 プロ俳優として活躍している人の低音を本物としたなら、志望者の低音のうち、8割以上が偽物なのである。
 本物の低音とは、胸声が基本となり、プラスして胸式共鳴が入っている。生まれついて胸式共鳴という人もいる。200人に1人くらいだが。
 しかし、低音系の志望者のほとんどは、胸式共鳴ではない偽物の低音だ。胸声ではあるものの、共鳴が口腔で行われてしまっているのである。だから、音域が極めて狭く、滑舌も悪いのだ。
 先ほども書いたが、胸式共鳴は訓練によってに可能となる。つまり、才能ではないということだ。

 高音も全く同じである。
 鼻にかけてキャンキャンつくった高音は美しくない。ファルセット(裏声、仮声)でつくられた高音は台詞にならない。どちらも滑舌が悪いので、舞台でも現場でもつかえないのである。
 頭声で、前にまっすぐ伸びる高音が美しい高音である。
 より美しい高音とは、ベル・カント共鳴でつくりあげたものだ。このベル・カント共鳴だけは、生まれついてということは有り得ない。
 ベル・カントとは、西洋音楽発声における最高に難しい発声のひとつであって、訓練しない限りは絶対に身につかないのである。
 つまり、才能ではないということだ。

 音域にしても、共鳴にしても、俳優発声の場合、基本は腹式呼吸である。
 発声が弱点となっている声優志望者の8割が、腹式呼吸をできていないだけなのだ。それは骨格の問題ではなく、基礎体力の問題なのである。
 腹式呼吸をできない脆弱な肉体だからこそ、発声がいつまでたっても向上しないだけだ。 今は脆弱な肉体であっても論理的に鍛練し続ければ、腹式呼吸は驚くほどの進歩を見せる。
 腹式呼吸も、才能の問題ではないのだ。

 これを読んでいる志望者が音域を広げたいと思うなら、まず、腹式呼吸を完全にマスターすることである。(その前に身体づくりだけどね)
 その上で、自分の日常発声が、どの声区から発声されているのかを、ヴォイス・トレーナーと共に確認する。
 中声から発声している場合は、胸声(低音)と頭声(高音)を練習した上で、『声区の混和』を図ればよい。そうすれば、台詞発声においても、1オクターブ以上を手に入れられる。
 1オクターブ以上の台詞発声が可能となれば、鼻にかけて高音をつくったり、口の中にこもらせて低音をつくる必要もなくなる。ましてや、喉を締めて無理矢理に声をつくる必要など一切ない。
 より具体的にいえば……
 アニメを希望する女性志望者の場合は、裏に回った細く弱々しい声や、鼻にかけたキャンキャン声などをつくる必要はないのだ。
 高音のキャラクターをやりたいのであれば、頭声を徹底的に訓練して、ベル・カント共鳴にまで至れば良いだけなのである。
 外画を希望する男性志望者の場合は、口の中でこもらせた低音モドキでごまかすことなどないのである。
 豊かな低音をモノにしたいのであれば、胸声を徹底的に訓練して、胸式共鳴にまで至れば良いだけなのである。
 つまり、どちらの場合も訓練次第。けっして才能ではないということだ。

 声は鍛練を繰り返すことによって、様々な表情を見せるようになる。
 まずは、低音域で最も美しく響く声を基音にする、高音域で最も美しく響く声を基音にする、といったところからでも始めてみてほしい。

 ある女子生徒の場合だが……
 彼女は、元々は頭声つかいであった。しかも、かなり鼻にかけていた。肉体も鍛えられていないから、腹式呼吸を使えなかった。
 私は彼女に、1年以上の間、「低く!」と指導し続けた。
 その結果、現在の彼女は、中声つかいとなった。また、身体訓練の結果、腹式呼吸が以前の数倍となった。
 その彼女に、先日、もう一度、頭声に戻らせてみたのである。
 結果、全体の音域において2オクターブ以上をものにしていた。一番よく響く高音はラ♭、一番よく響く低音はド。つまり、台詞音域において、1オクターブ半をモノとしたのだ。
 高音は、以前のようなキャンキャン鼻声ではなく、中声をエロキューション(倍音成分、補音成分)とした、まっすぐ前に伸びたものだし、
 低音も、ボソボソとしたものではなく、頭声をエロキューションとした、まっすぐ前に力強く伸びたものとなっていた。
 1オクターブ半の台詞音域が、全て前に出ていることの凄さ、台詞における最高音・最低音がエロキューションをもっていることの凄さは、自分自身で本格的に発声を訓練したことがなければわからないだろう。
 また、腹式呼吸の使い方を覚えると、よく出る音の周辺も徐々に響きを増して、美しくなっていく。
 彼女の発声は、これからもまだまだ伸びる。これからは共鳴を教えるステップに至ったからだ。
 発声とは、そうやって伸ばしていくものなのである。
 そして、私が指導すべきは、この発声をいかにして演技に活かすかということである。

 彼女は、発声の才能に溢れた人間だったのだろうか?
 答は否。
 発声の才能というものがあったとしても、才能だけでは1オクターブ半の台詞音域はモノにならない。
 なぜなら、彼女の発声の根幹となっているのは、日々の身体訓練を基礎とした腹式呼吸なのである。
 私がいつも言うところの「息をバンバンつかった俳優ならではの発声」「鍛えた発声」とは、こういうことなのだ。
 生まれついての発声能力だけでは、1オクターブの台詞発声が精一杯なのだ。それも腹式呼吸を使っていないから、声を伸ばすことができない。つまり、叫べない発声でしかない。

 さて、ここで声優志望者の諸君に問いたい。
 もしも、私が才能なるものを認めざるを得ないとしたなら、それは『努力する才能』だ。身体訓練にしても、発声訓練にしても、論理的な基礎訓練の積み重ね=努力なのだ。
 俳優修業の初歩中の初歩である発声にしてみても、努力しないで優れた能力を手に入れることはできない。
 私は努力を才能とは思いたくない。
 自分の夢を「私は努力したくないので諦めました」と言いたくもないし、自分が教える生徒にもそんなことを言わせたくはない。
 私の主張を宗教的だとか精神論という人もいるようだが、優れた能力を手に入れるには努力が絶対に必要なのだ。これは精神論でも宗教でもない。実際に、養成現場に立っている人間であるからこそ言える厳然たる事実にすぎないのだ。

 さて、ここまで読んでくれた声優志望者諸君に問おう。
 これでも発声は才能なのだろうか?
 才能がなければ、発声は進歩しないのだろうか?
 なによりも…… 努力は才能なのだろうか?

 自分自身でよく考えてみてほしい。
 これは、あくまでも自分自身の将来の問題なのである。
 そして、自分自身が出した答によって、君の明日からの生き方を決めてほしい。

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☆肩がこったなあ、チキショー! 首の付け根が痛くて、頭痛がしてきている。あーあ、もう。

理性があればこその人間
  Date: 2000-07-07 (Fri)

 掲示板の方で、クラスの雰囲気云々ってチェーンが続いている。これに対する私の見解をしっかりと記しておきたい。

 私は、怠け者が大嫌いだ。
 人間というのは、誰でも怠け者である。どんなに立派な人間であっても、怠けたいという気持ちをカケラをもっている。
 なぜなら、頑張るというのは苦痛を伴うからだ。自分に厳しい生き方というのは、ひじょうに苦しく、そして、辛い。だから、怠けようとする。
 それは人間が動物である以上、しょうがないことなのである。苦痛とは、すなわち生命危機につながるシグナルなのだ。苦痛が続いた場合、身体が傷つく。身体が傷つくこととは、自分の生命の危機なのだ。だから、全ての動物は、苦痛を嫌うのである。
 だが、我々は人間である。動物ではない。人間には理性なる精神活動があり、苦痛を乗り越えられるようになっている。
 よく私は「鍛えろ」という。この鍛えるという行為は、必然として苦痛を伴う。苦痛を乗り越えること、それが鍛えるということなのだ。
 つまり、怠けるという行為とは、人間的ではない。怠けるとは、極めて動物的な行為なのである。人間とは、理性をもってして苦痛を乗り越えられるからこそ、動物にはない進歩と成長があるのだ。
 これは、なんでもかんでも、しっかりやれ、という意味ではない。誰にだって精神的な欠点はある。たとえば、私は、掃除や整理整頓といった能力が全面的に欠落している。
 しかし、諸君らの役者になりたいという夢は、自分自身が選んだ道なのだ。
 自分の好きなこと、自分のやりたいことなのであれば、理性なんていう小難しい精神活動など持ち出さずとも、苦痛を我慢し、自分自身を鍛えることは難しくもなんともないはずだ。
 なのに、我慢できない、鍛えられないというのであれば、それは自分自身の夢にかける姿勢に問題がある。つまりは、理性と知性に欠陥があるといっているようなものなのだ。

 さて、クラスの雰囲気云々だが…… 正直言って、私はこの手の下品なハナシが大嫌いである。
 あー、私が若返れたらなあ。18歳の頃の私が今の勝田にいたなら、どいつもこいつも軽く吹き飛ばしてるよ。怖いヤツなんて、どこにもいないね。基礎を備えていないヤツなんぞ、私にしてみれば虫ケラだよ。だって、あんな低レベルで俳優修業をしたことなど、私は一度としてなかったもん。
 渡辺純央監督が「能力さえあれば、イヤなヤツでも構わない」と言っていたが、私もそう思う。それがプロだ、と。
 たとえば、私は、すっげーイヤなヤツだった。先輩といっても、自分より明らかにヘタなヤツなんぞには、目もくれなかったからね。発声や滑舌がダメなヤツが、私に先輩面しようものなら「失せろ、バカ」と面と向かって言ってやった。だから、嫌われていたよ、凄く。
 でも、私を認めざるをえないんだ、どいつもこいつも。芝居になれば、その実力差は一目瞭然だもん。当時の私は「どうせ、業界から消えるしかないようなゴミ虫どもに、俺が気をつかう理由なんぞドコにもねぇや」と真剣に思って、しかも、それをハッキリと口に出していたからね。
 そんな傲岸不遜を口に出せたのは、誰よりも自分自身が頑張っていたという自負があったからだよ。
 今、バンタン生や勝田生を相手に指導していることの7割は、私が二十歳の時には至っていたレベルでしかない。じゃあ、このレベルにまで、修業3年やそこいらで至るには、どうやったか?
 私にセンスや才能があったわけじゃない。私が、その他大勢の他人より頑張っただけだよ。
 1年365日、どうすれば芝居が巧くなるだろうと考えに考え抜き、時間を作って練習を繰り返し、自分に投資して様々な書籍を漁り、色んなところで勉強をした。築20年を過ぎたトイレ共同の風呂なしアパートで、稼いだ金のほとんどを、つくった時間のほとんどを芝居に費やしただけのこと。
 たった、それだけのことでしかないんだ。

 そりゃ、苦しかったさ。すっげー辛かったよ。
 今でも、舞台袖で出番を待つ夢を見るくらいだからね。この夢が、これまた酷いんだ。いよいよ出番というその時、私は台詞が入ってないんだよ。または、声が出なくなったりね。で、寝汗グッショリで起きあがる…… 目覚め最低。爽やかさとは縁遠い悪夢だ。
 私といっしょに芝居をしていた連中は、みんな、そうだったよ。
 寝言で台詞を言うヤツなんてザラだった。その台詞に応じてやったら、そいつは寝たまま、2時間30分の芝居を通したよ。それだけ、芝居に人生を賭けていたんだ。
 俳優修業とアルバイト生活による過労が続き、肺をひとつ潰して緊急入院したヤツなんてのもいたし、
 バイト先で交通事故にあっての入院中、たった1ヶ月でシェイクスピアの戯曲を読み通したヤツなんてのもいたし、
 マクドナルドでバイトして、1日3食ハンバーガーで通したせいで栄養失調の診断を受けたのに、それでも劇団四季を観に行く時はS席を奮発するのもいた。

 ハッキリ言ってしまえば、おまえらは甘いんだよ。グラニュー糖を通り越し、サッカリンかズルチンのよーに甘いね。
 口先では、真剣です、本気です、と九官鳥かオウムのように繰り返すが、チョット苦しかったり辛かったりすると、スズメのように逃げ出す。
 逃げるだけなら、まだ、いいよ。自分ができなくてダメなのを、他人のせいにするんだよな。芝居を始めて数年のクソガキが、プロとして生き抜いてきている講師を批判するなんて、ふざけんじゃねぇよって感じだ。
 挙げ句の果てには、頑張っている人間を批判して、自分が上等なフリをしてやがる。そーゆー怠け者は死んじまえってぇんだ。
 で、自分と同じレベルにすべく、せっせと卑怯な陰口を叩き始めるんだ、腐敗したバカってのは。他人のアラ探しをするだけでは済まず、根も葉もないウワサを振りまき、周囲をまとめて堕落させて、自分を安心させようとする。
 お願いだから、死んでくれって感じだね。死にたくないんなら、さっさと消えちまえ。そんなバカが座る席なんぞ、業界のドコにもありゃしねぇんだ。
 で、そーゆーバカを脅威に思う小心者というのもいる。嫌われたくない、村八分にされたくないっていって、腐敗した連中に迎合する小心バカ。
 おまえがなりたいのは、なんなんだよ? クラスの人気者か? だったら、プロの世界にはいらねぇよ。サークルだの同好会に行って、ノンベンダラリと人間関係良好な世界でフニャフニャやってやがれ。

 私は、バンタン電脳声優科の連中には「いつも、正々堂々としていろ」と指導している。自分が正しいと思っているなら、周囲を気になんてするな、と。
 他人なんて、んなもん、どうだっていいんだよ。自分さえシッカリしてりゃいいんだ。他人の視線だの、クラスの雰囲気だのムードなんて、んなもん、ゼンゼン関係ないね。
 この業界は、1万人に1人しかプロとしてやってはいけないんだ。1クラス20人みんなで、お手々つないでプロになんざ、なれるわけがねぇだろ。
 消えていくヤツが圧倒的多数なんだよ。確率的に言えば、99.99%が消えるしかないんだ。そんな中で仲良しゴッコやって、なにがどうなるってんだよ?
 第一、他人のことなんかにかまけてる暇なんぞはないはずだぜ。他人の心配をする時間が1分でもあるなら、滑舌やれ、発声やれ、体練やれ、台本を1行でも多く読み込め。

 ここまで来ると、18期の連中の一部は、よーく、わかってるんだよな。痛いぐらいにね。
 だって、ほとんど全く同じことを、18期は去年の年末に私に言われてるんだもん。
 で、どうだったよ?
 私の言った通りだったろうが?
 あの頃、おまえらがグズグズと相手していたダメダメな連中が、どうにかなったかよ、おい?
 辛く苦しい体練から逃げ回っていた連中の発声が、どうにかなったかよ、おい?
 しち面倒くさい滑舌から逃げ回っていた連中の滑舌が、どうにかなったかよ、おい?
 論理的な思考など、一切なく、その場その場の思いつきと勢いだけで芝居やってた連中が、今、いい芝居を見せてくれることなんて、あるかよ、おい?
 な? だから、言ったろうが?
 ヘタクソだろうが、初心者だろうが、真面目にやってりゃ、どうにかはなるんだよ。
 経験者だろうが、講師のお気に入りだろうが、気合いも根性もないバカは、勝手に自滅していくだけなんだよ。
 消え去るしかない声優志望者の99%は、そんなヤツラばっかりなんだ。だから、放っておけ、かまうな、って言ったんだよ、私は。
 ほーれ見ろ、ほーれ見ろ! ゼーンブ、私の予言した通りだろうが! ケケケケケ!

 まだ、1年目の基礎科のうちだったら、救いはあるよ。今からでも遅くない。意識を切り替えな。
 逆に言えば、1年目の基礎科のうちに気づけなかったら、もう、ダメだよ。2年目になったらお先真っ暗。3年目になったらご臨終だ。
 それでも気付いたならば…… 全部を一からやりなおすしかないね。芝居を始めて4年目だの5年目だのとゆー自尊心を捨てて、全てを一からやりなおすしかない。

 なにはともあれ、頑張りたまえ。
 私は、先日のガイスターズ主要キャスト・オーディションで、自分の指導方針は間違えていなかったと確信を得た。
 私の指導方針についてこられないのであれば、私の前から消えればいいだけのこと。
 私は、絶対に君たちを追いかけないからね。そのかわり、どんなにドヘタクソであったとしても、君たちが真面目にやっている限り、追い払うこともしない。
 だから、頑張れ。
 自分を鍛えに鍛えぬけ。
 堕落していく周囲に惑わされるな。
 堕落していく周囲に合わせるな。
 それこそが、理性ある人間と、本能だけでその場を生きている動物との違いだよ。
 人間になれるかどうかは、自分次第ということを忘れるなよ。

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☆ガイスターズ17話アップ! いやぁ、我ながらオモシロイ! ますますもって、こんなおもしろいシナリオをバカ声優にはやらせられんなあ。

ガイスターズ・オーディション 〜 耳が腐りそう
  Date: 2000-07-05 (Wed)

7月3・4日と『ガイスターズ』の主要キャラ・オーディションがあった。
 ……って、これ、ホントはガイスターズ・ライナーノーツに書くべきことかもね。どちらかといえば、声優志望者であるみんなにこそ知って欲しいと思ったので、雑記帳に書く。

 6つの役(うち1人2役がひとつ)に対し、オーディション参加人数は約80人。1つの役に平均10〜15人の参加者があった。
 全体の6〜7割は、新人やジュニアというオーディションだったのだが……
 耳が腐りかけたよ、ったく。中耳炎になったらどうしてくれるんだってぐらいに酷かった。

 今回、私と監督と井上さん(文芸)は、所属・氏名・滑舌・解釈力・声質・叫びをチェックできるシートを持っていた。
 ちょいと振り返ってみよう。

 アルキオン(男)で参加した声優は計10人。その中で滑舌(含む鼻濁音)がマシだったのは3人。解釈をきちんとやってきていたのは2人。発声がマトモだったのは3人。

 ビクトル(男)で参加した声優は計13人。その中で滑舌(含む鼻濁音)がマシだったのは3人。解釈をキチンとやってきていたのは4人。発声がマトモだったのは4人。

 ピーラ(女)で参加した声優は計12人。滑舌(含む鼻濁音)がマシだったのは3人。解釈をキチンとやってきていたのは4人。発声がマトモだったのは3人。

 イナムナ&エレシィア姉妹(女)で参加した声優は13人。滑舌(含む鼻濁音)がマシだったのは5人。解釈をキチンとやってきていたのは3人。発声がマトモだったのは5人。(この役は中堅クラスの女優さんが何人か来てくれていたので、まだ、マシだった)

 シャイ(女)で参加した声優は17人。滑舌(含む鼻濁音)がマシだったのは3人。解釈をキチンとやってきていたのは3人。発声がマトモだったのは2人。

 クリス(女)で参加した声優は11人。滑舌(含む鼻濁音)がマシだったのは3人。解釈をキチンとやってきていたのは3人。発声がマトモだったのは4人。

 つまり、だ。
 オーディション参加者の過半数が、鼻濁音がダメ、滑舌がダメ、事前にもらっているはずの原稿を練習していない、発声を満足に訓練していないという、惨憺たる有様だったのである。
 で、もっとお寒い現状を言ってしまえば、鼻濁音・滑舌・発声・解釈といった基礎をまとめてクリアーしてくれていたのは、男女合計18人しかいない。
 その18人のうち、私が推した新人や若手が13人。あとの5人は新人とは呼べぬ若手や中堅のみ。
 約8割の参加者はダメダメだったということなのである。

 声優ファンなら誰でも知っているような、アイドル声優なんてのも何人か来てくれたよ。いや、別に売り出し方はアイドルでもかまわんのよ。女優としての中身が伴っていればね。
 でも、全滅。
 アイドル声優の全員が、鼻濁音がダメ、滑舌がダメ、発声がダメで、解釈に至っては「ブッ殺すぞっ!」ってレベル。

 酷かったんだよなあ、ホント。
 解釈以前のバカってのがゴロゴロしてんだもん。

 元老院を「もとろういん」って呼んだヤツがいるんだぜ、オイ! 「もとろういん」ってなんだよ? 辞典を調べろ!
 このバカが、そこそこマスコミ仕事やってるってぇんだから参っちゃうよ。名前出せば、チョット声優に詳しいファンなら知ってるであろう有名人。
 オーディション原稿は2週間前に発送してあるんだよ。事務所がチンタラやってたとしたって、2日前には手元に渡ってるだろうがよ。初見としたって「もとろういん」なんて許せるワケがねぇんだ。ナメんのも、たいがいにせぇよ! ……ソイツの名前を、私は一生忘れないからね。

 句読点を無視するバカ、「!」や長音の「ー」を無視するド阿呆にも参ったね。
 ホント、みんな、ホンを大事にしていない。良い指導者についたことがない証拠だよ。
 演劇人というのは「ホンは、引かず、足さず」が基本なんだ。句読点とは、作者と役者が対話するためのガイド。「!」がついているのにボソボソ喋るなんてぇのは、ホンをないがしろにし、作家にケンカを売る敵対行動以外のナニモノでもないってーの。。
 そんな初歩的な躾すらされていないバカが、プロの現場に顔を出すだとぉ? 殴り殺してやろうかっ!

 今回のオーディションでは、超有名な歴史ある劇団、かなり有名な劇団の人間も20人以上が参加した。こいつらは、いつもは声優を小馬鹿にしているような連中だ。
 ところができないんだよな、ゼーンゼン! 鼻濁音を言えた劇団員なんて3人もいなかったぜ。舞台やってんだから発声ぐらいは、と期待したが、発声だけでもクリアーできたのは4人もいなかったね。なによりも解釈がひでぇんだよ、劇団系は!
 この腐れガキどもは、劇団に入って、TVタレントをやりたいだけなんだろうね。だったら、来るんじゃねぇよ! 『ガイスターズ』はそんじょそこいらのTVドラマじゃありえないような長台詞が連発する。訓練も修業もないタレントごときの手に負えるシロモノじゃねぇってんだ、バーロー!

 解釈は、ホントのホントに酷かったねえ。
 ってゆーかよぉ、芝居してないんだよ、芝居をさ。オーディション原稿なんて、1枚読んでも2分もかからない。3時間練習してみろ。100回は練習できるようなもんなんだ。
 なのに、練習していない。練習していないのに、解釈もへったくれもねぇだろうが。
 だいたい、ト書きとして「重くなりすぎず」とか「怒りを爆発させ」ってのに、できない、無視する、ってぇのはどういうことなんだ!
 暇つぶしのつもりだってぇんなら、最初から来るんじゃねぇよ! 整音スタジオのイスは腰が疲れるんだ。疲れるのを我慢してまで、バカの台詞なんざ聞きたくねぇんだよ、こちとら!

 で、今回、私が怒り狂っているのは、実力のジの字もないバカ新人だのアイドル声優だの未熟な若手だけではない。
 一番ハラがたっているのは、プロダクションなんだよ、プロダクション!
 宝クジじゃねぇんだから、とりあえず、誰かを送っておこうなんて姿勢はやめてくれよなあ。
 私は元々、「この事務所はダメ」としているプロダクションがいくつかあった。今回、新たに、3つのプロダクション、2つの劇団が加わったね。
 だって、レベルが低すぎるんだもん。
 あるプロダクションなんて、10人以上送り込んできたが、全員が全員、鼻濁音ができねぇんだぜ!
 私たちクリエイターには、事務所の都合だの戦略なんてぇもんは関係ないのである。
 予定として、私はこれからドンドン有名になり、ステータスを上げるつもりだ。あくまでも予定だけどね。
 今回、わけわからんボケカスマヌケを連れてきたプロダクションの名前は、一生、覚えておくからな。
 私の参加する作品を事務所の都合で汚した罪に対する報復は必ず行う…… あくまでも予定だけどね。
 私たちは、良い作品を創りたいだけなんだよ、良い作品を!
 そのための素晴らしき同志としての俳優がほしいんだ!

 ……志望者諸君、がんばってくれよ。
 たとえ、無名だろうがなんだろうが、オーディション会場で、チャンと修業を積み重ねていることを証明してくれたならば、チャンスはある。そのオーディションが、私の関わるものであったなら、なんらかのカタチで引き揚げることを約束しよう。
 だって、君たちの先輩の8割以上は、使い物にならねぇんだからさ。
 チンタラボケボケやっているバカ志望者は、まず、私の前に現れないと思うが…… もし、現れてしまったならば? んなもん、無視するだ〜け! サッサと帰ってもらって、ハイ、おしまいっ!
 オーディション会場は、学校でも教室でもねぇんだよ。誰も、なにも、教えてくれないんだと思え。

 修業を始めたばかりの養成段階でしか、基礎は教えてもらえないばかりか、問題点の指摘すらしてもらえない。
 それがプロの世界だよ。

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☆追記! 滑舌以前の問題で、アクセントがダメだったバカってのもいたぞ! 標準アクセントも習得していなければ、アクセント辞典を調べる真面目さも持ち合わせていないバカは、100万回は死んでしまえい!

☆追記の追記! 数年前にいっしょに仕事したことのある若手声優が来た。相変わらずヘタだった。三十路も半ば過ぎてるのに、滑舌ダメ、発声ダメ、解釈ダメ。とどめはクセの強い単調な台詞廻し…… いいかげん、役者やめろよ、おめぇは。おめぇなんかに演じさせられる役は、私の書くシナリオには絶対にない。ったく、しょうがねぇよなあ。
 
ヘタクソの正体(発声編)
  Date: 2000-07-03 (Mon)

「ヘタクソな芝居」といった時、そう判断するためのいくつかの要素がある。
 そのひとつが発声だ。発声が悪いヘタクソ芝居というのは、実にわかりやすい。

 代表的なのが「棒ゼリフ」。
 棒ゼリフとは、読んで字のごとく「棒のように、抑揚のない一本調子のセリフ」のことだ。
 棒ゼリフになる原因は、ふたつある。
 ひとつは、音感が悪いことだ。
 自分がどんな音を出しているかを自覚できないと、棒ゼリフになりやすい。
 音感の悪さだけが原因なら、本人が音を意識するように心がけるだけで改善できる。
 問題は、発声を原因とする棒ゼリフである。

 声楽では、人間の声を3つに区分している(声区)。低い順に、胸声、中声、頭声となる。(頭声の上に「ファルセット(裏声、仮声)」があるのだが割愛)
 声楽における地声とは胸声のことなのだが、演劇における地声はチョット違う。演劇における地声とは「地の声」のことだ。つまり、日常においてつかっている声である。
 演劇における発声をキチンと理解したいのであれば、自分の日常発声がどの声区にあるのかを理解しなければいけない。
 この声区は、人によってバラバラである。高い声だからといって必ずしも頭声というわけでもないし、低い声だからといって必ずしも胸声とは限らない。千差万別、バラバラなのだ。
 俳優の発声勉強とは、自分の日常でつかう声の声区を理解したら、それ以外の声区を鍛え、全ての声区をつかえるようにすることから始まる(声楽では、これを「声区の混和」という)。

 なぜ、全ての声区で発声できるようにならなければいけないのか?
 それは発声のレンジを広げるためである。
 席数が百や二百規模の小さな劇場では、日常の声にプラス腹式呼吸でもどうにかなる。が、席数が二百を超える規模の劇場では、日常の声プラス腹式呼吸ではどうしようもないのだ。
 発声の未熟が、結果としてどんな事態が引き起こすかといえば、棒ゼリフが発生するのである。

 日本語は高低アクセントの言語である。
 声を高くしたり、低くしたりすることによって、アクセントやイントネーションを表現する。
 日常会話なら、声区の混和や腹式呼吸ができなくても問題ない。だが、舞台という巨大空間では、発声の未熟によってアクセントやイントネーションを表現できなくなるのだ。
 アクセントやイントネーションすら表現できない俳優が、なぜ、戯曲に内包されたドラマやテーマを表現することができよう?
 発声ができない結果として、狭いレンジの中でしゃべることに一所懸命になってしまうだけ。
 これこそが棒ゼリフの正体なのである。

 ここで「私は棒ゼリフといわれたことがないから、発声に問題がない」などと思ったら残念賞。
 高低アクセントの日本語だからこその落とし穴は、まだ、ある。
 発声ができていないと、高い方を出そうとした瞬間に声がひっくり返る。つまり、キャンキャンキャピキャピしてしまい、まともな言語として聞き取れなくなってしまうのである。それどころか、ヒジョーに頭の悪そうな芝居になってしまう。
 声優志望の女の子の9割が、これ。
 頭声しか出せず、腹式呼吸もできていないから、頭の悪そうなキャンキャン声なのに「私の声ってアニメっぽい」とのたまっている。

 発声ができていないとヘタクソ芝居になってしまう実例は、まだまだ、ある。

 たとえば、ここでもう一音高い音を出せれば、というところで、声をひしゃげさせたり、クルリと落としこんだりする。
 これ、本人的にはセリフ廻しのひとつだと思いこんでいるのだが、実際にはタダの癖でしかない。
 チョイ役として、一瞬、出てくるだけなら問題ないのだが、長いセリフのある重要な役など、やらせられるわけもない。
 癖の強いセリフというのは、それだけで説得力を失ってしまうからだ。

 たとえば、声の艶、広がり、厚み。
 諸君は、小学校の音楽で和音というのを習っただろう(メジャー、マイナーの別は、今回は置いておく)。
 ドを基音とした時には、ミとソを加えることによって和音となり、音は奥行と力強さを増す。音というのは、単体で聴いていても奥行はないのである。
 似たようなことが、人間の声にもある。
 胸声の場合、中声と頭声を訓練することによって、声は艶を増すのだし、
 中声の場合、胸声と頭声を訓練することによって、声は広がり、
 頭声の場合、胸声と中声を訓練することによって、声は厚みを増すのである(キャンキャンした声ではなくなる)。
 「こりゃ、芝居に使えないや」という声がある。艶も広がりも厚みもない、薄っぺら声というやつだ。
 そんな声では、舞台では隅々まで通らないし、マスコミ仕事の現場ではマイクのノリが悪い。つまり、使えないということでしかない。
 薄っぺら声の人間が、どれだけ腹式呼吸を訓練したところで、音質そのものを訓練して補強しない限りは無意味なのだ。

 さて、今回は、かなりレベルの高い発声のハナシとなった。みんな、ついてこられたかな?
 マスコミ仕事を目指しているとはいえ、基本は舞台なのだ。
 舞台で通用する発声を備えない限りは、マスコミ仕事でも通用しないんだよ。つまりは、いつも言っている通り、「舞台は俳優の故郷」なのである。
 で、舞台をやっているからって、それだけでダイジョーブだなんて思ってもいけない。論理的に訓練しない限り、発声というやつは身につかないのだ。
 多いんだよね〜。舞台で大声をがなりたてているだけで、自分は発声ができていると思いこんでいる人ってさ。

 ここで何度も言っていることを繰り返す。
 アナウンサーやナレーターは、生まれついての美声が必要だ。
 しかし、俳優の発声とは、鍛えに鍛え抜かれるものであり、けっして生まれついてのものではない。
 つまり、俳優の場合は、鍛えに鍛え抜かれた声であれば、全て美声となるのである。
 そして、発声を鍛えるとは、全てが論理的なことなのだ。非論理的な根性主義では、絶対に発声は身に付かない。

 何度も言っていることだが、声優志望者のうち、発声ができている人など1割に満たない。1%すらもいないだろうね。百人にひとりどころか、数百人にひとりといったところだろう。
 基礎中の基礎である発声すらできていないから、君たちは芝居がヘタなんだよ。
 そんなヘタクソが、なんで、プロの現場に来られるんだい?
 プロの現場というのは「ほら、出させてやるよ」じゃないんだよ。
 我々、制作サイドにしてみれば、「良い作品とするために、あなたの能力を貸して欲しい。お金をお支払いしてでも、出演していただきたい。よろしくお願いします」というものなのだ。
 発声すらできていないトンチンカンに、そんな価値があると思うのかい?

 さてさて……
 今日と明日は『ガイスターズ』のオーディションである。8つの役をめぐって、総勢百人近くの新人・若手が来るらしい。
 楽しみだなあ〜。うひゃひゃひゃ! これで各附属養成所のレベルがわかるというものだ。
 発声がダメな奴になんて、私の血と汗の結晶である作品に、ゼーッッッタイッッに参加させるもんかい。冗談じゃねぇよ、バーロー!
 で、オーディション原稿には、バッチリと罠を仕掛けてあるからね。みすみす罠に落ちるようだったら、その場でチョン! 俳優と呼べるだけの知性のないヤツに用はないんだよ。

 良い作品をつくるためには、情け容赦ないのがプロの現場。
 声優志望者諸君は、オーディションにて、発声や滑舌といったレベルで嗤われないよう、今から徹底的な基礎訓練をしてくれたまえ。

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☆いやぁ、暑いねえ〜! みんな、7月早々から夏バテなんかしないようにね!

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